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村井のヒストリー

株式会社村井の
80年の歩みと、
海外への進出。

1959年。日本人歌手が歌う曲が海を越え、アメリカで大ヒットを飛ばしていたころ、村井も海外に目を向けました。

欧米皮革産業視察団に参加し、日本にはない靴部品に将来の可能性を感じながら、製品づくりを学びました。

1960年にはアメリカ製の新素材を使ったボックストゥ(先芯)の製品・販売を開始。
1962年にはドイツの会社と技術提携。

日本で最先端の技術をいち早く導入、靴部品のリーディングカンパニーとして時代をけん引してきました。

1969年には台湾子会社を設立。
中国や東南アジアを製造拠点にした欧米の有名ブランドの靴にも、村井の製品は採用されています。

そして、今まで培った技術や知識を活かし
もっと多くの人々に「快適な履き心地」を届けていきたいと、
2000年にはフットケア製品の製造販売を開始。
2011年にはプレミアムルームシューズの製造販売を開始。

走ったり、踏ん張ったり、ジャンプしたり。
日々の何気ない動作を支える「足」に生じるお悩みとまっすぐ向き合い、
ひとつひとつ丁寧につくりあげた製品は評判となり、今ではテレビや雑誌にも数多く取り上げられています。

これからの村井の歴史を、皆様と一緒に歩んでいけたら幸いです。

History of Murai

1930

19313

東京都豊島区巣鴨に村井清一(1900~1964)が個人経営で「村井商店」を創設。靴資材の販売を開始。

1959年9月

1940

1950

19513

「株式会社村井」を設立(資本金200万円)。

1951年3月

19599

村井専務「欧米皮革産業視察」帰国報告会。

1959年9月

1960

19604

米国BIXBY BOXTOE社の新化学合成材料を使用したボックストゥの製造販売を開始。

1960年4月

19622

レザーボード材によるカウンターの試作に成功し、製造販売を開始。

196311

西独CARL FREUDENBERG社と技術提携を結び、日本における「ロブス」カウンターの製造および販売権を得る。

196411

埼玉県川越市に川越工場を開設。

1964年11月

196412

代表取締役社長に村井義和が就任。

196911

台湾に「TAIWAN SHOEPARTS CO.,LTD.」を設立。

1969年11月

1970

19718

インソールの製造販売を開始。

1971年8月

19742

東京中小企業投資育成株式会社から投資先企業の決定に基づく出資を受ける。

197512

本社を豊島区北大塚に移転。

1975年12月

197612

新潟県東蒲原郡津川町に津川工場を開設。

1976年12月

1980

19839

西独EMSOLD社との技術提携によりフットベッドインソールの製造販売を開始。西独FAGUS社との技術提携により靴型の製造販売を開始。

19859

新潟県東蒲原郡津川町に「津川インソール株式会社」を設立。

19863

台湾に「KAOHSIUNG SHOEPARTS CO.,LTD.」を設立。

1986年3月

19883

津川工場を「津川インソール(株)」に統合。

1988年3月

1990

19914

埼玉県比企郡吉見町長谷工業団地に中央研究所を開設(現在の吉見工場)。

1991年4月

199311

「TAIWAN SHOEPARTS CO.,LTD.」を「KAOHSIUNG SHOEPARTS CO.,LTD.」に統合。

19946

アウトソールの製造販売を開始。

199810

川越工場を吉見工場に統合。

19991

代表取締役社長に村井隆が就任。

2000

20006

フットケア製品の製造販売を開始。

2000年6月

20027

経済産業省「平成14年IT活用型経営革新モデル事業」の認定をうける。

20054

経済産業省「IT経営百選」認定企業に選ばれ「IT活用賞」を受賞。

2005年4月

20064

シューズフィットアカデミーを開校。

2006年4月

2010

20119

プレミアムルームシューズの製造販売を開始。

2011年9月

20145

イタリア高級シューズブランド「VICINI」に伊勢丹百貨店と共同開発したパッドが採用される。

201611

吉見工場が埼玉県知事上田 清司 氏より「豊かな彩の国づくりのパートナー」として「彩の国工場」に指定される。

2016年11月
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